損な役回りになりやすい、優しい人が意識すべき2つのこと

自己犠牲の優しさはいらない。

どうも、トニーっす。

世の中には優しすぎて損をしている人が非常に多いと感じている。

「言いたいことを言えずにストレスを抱えている」
「本来やらなくてもいいことを請け負ってしまう」
「相手方が強い立場になった時に、どうしても意見を通し切ることが出来ず、損な役回りに」

確かに世の中で生きる上で「優しい」というのは非常に良いことだと思うし、「優しさ」を持っている人というのは人間として関わっていく上でも気持ちがいい人が多い。

ただ、優しいってなんだろう。ウィキで調べれば「優しい」とは

細やかで柔らかな感じを与える有様だ。

とある。

なるほど、確かにそれは一つ特徴としては在り得るだろう。だけども俺が今まで受け取ってきた言葉の「優しい」はそういった意味合いとは少しだけ違うように感じている。

「優しい」というのは「優れている」とは違うんだ。

今回はそんな優しさについての話を深ぼっていこうと思う。

「優しい人だけども損ばかりしている人」そんな人が周りにいるのならば、是非その人を当てはめて考えてみてもらいたい。

損な役回りに立つ人は本当に優しい人なのか?

言いたいことを言えない。

相手が聞いている話をすべて受け止めて聞いてあげる。

裏方役に回ることが多く、尻拭いをすることが多い。

仕事の報酬として大きな金額を貰うことがない。

先程も話したが、いわゆる「優しい人」というのはこういう「そんな役回り」に当てはまっていることが多い。


実際、俺自身商売の関わりで話を聞いていてもこういった役回りに立つのは大抵「優しい印象を受ける人間」で、自分の我をしっかりと通すような人はこういった立場になることは珍しいという印象だ。

ただ、じゃあこういった役回りの人が「その役回りに立つことを望んでいたのか?」というと実際はそうでないことも多い。

本音を聞けば

「ぶっちゃけ言いたいことが沢山ある」

「別に尻拭いをするのはいいんだけども、もっと大変さを知って欲しいし気遣ってもらいたい」

「率直にもっと報酬をもらいたい」


こういう事を話している人は多い。

別にこれ自体は何も悪いことではなく、むしろ正当な意見だと思っている。

本人の仕事ぶりや活動ぶりが本人が100やったと自覚してるけど実は12しか出来ていなかった。くらいの乖離がある場合は別だが、大抵の場合はそこまでの乖離は存在していないだろう。

じゃあ、なんでそういう人は自分の意見をはっきりと伝えて、損な役回りを回避することが出来ないのだろうか?

というか、望んでその立場に立っている人ではないのならば、その人は本当に優しい人と言えるのだろうか??

この部分をもう少しだけ深堀ってみよう。

優しい行動でストレスを感じるのかは行動に行き着くまでの思考プロセスで決定される。

思うこととしては行動としては上記の行動を行っていたとしても「その理由は自分のためなのか、他者のためなのか?」で大きく違うということだ。


例えば、人に言いたいことを言わない。という人がいる。

もしこの理由が「人にその意見を伝えてしまったら、相手はやる気を無くす可能性が高く、相手の行動量を奪い、相手の未来が良くなくなる可能性が高い。

そしてそれは、自分自身にとってもいい未来と言えない。」

ということまで考えて「言いたいことを言わない」のならば、なるほど。それは確かに行動としても合理性が取れてるし、結果的に優しい人とも言えるだろう。

ただ、言いたいことを言わないのが

「ただ、相手の敵意に触れて嫌われるのが怖い」「単純に目立つことがめんどくさい」というのならばこれは本当に優しいと言えるのだろうか??

ということだ。

結果的には行動が同じだから「優しい人」と周りは評価をするだろうが、その本質は別になると思っている。

もちろん、後者の行動を取る人も「優しい」といえば「優しい」だろう。


前者の人は「望む未来に前進する可能性が高い」と判断したから、言葉を飲み込む選択をした。

後者の人は「望まない未来に到達しないため」に言葉を飲み込む選択をした。

やっていることは同じだ。

しかし、自分の本音をただ押し殺して行動を我慢するのは、結果的に取る行動が同じだったとしても、自分にかかるストレスの度合いは大きく違うだろう。

自分が損をすることが、自分の行動の免罪符には成りえない。

とあるゲーム好きな経営者と、その友だちの話をしよう。


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その日は、ゲームにおける経験値アップキャンペーンの3日目だった。

全5日間にも及ぶ経験値アップキャンペーンでは、その5日間はモンスターを倒した時の取得経験値が3倍になる。

経営者は、この5日間は24時間、合計120時間をずっとゲームのレベルアップに時間を使うと決めていた。

とはいえ、5日間ずっと起き続けてゲームをしているのは不可能だ。仕事だってあるし、そもそも人間として行きていく上で5日間徹夜とか体にも絶対的に悪い。

そう思った経営者は、知り合いをバイトとして雇って、自分が寝ている間は自分の代わりにレベル上げをしてくれる様お願いした。(7時間で1万円)


結果・・・・その中のバイトの1人が、7時間を経過したところ、レベル上げが、自分で行う場合の3分の1程度しか進んでいなかった。

もちろん、経営者からしたら自分よりも効率的にレベル上げが出来るとは思ってはいない。

せいぜい3分の2、せめて半分くらいやってくれれば御の字だと思っていた。

とはいえ、要点は全て伝えていて、他のバイトも軒並み自分がやるうえでの3分の2くらいの成果は出してくれている。

その事を伝えると、友人がこう言ってきた。

「すまない、実際に結果を出せなかったのは事実だから、バイト代半分は返すよ」



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なんで「優しい人」の話をしている最中にゲームの話?
てか、経営者でゲーム好きってなんなの??

と思われそうではあるし、唐突に違う話をぶっこんですまないんだが。

これは実際に俺が知り合いの経営者から聞いた実話だ。


結果として、その言葉に対してその経営者は普通に怒ったらしい。

「いや、俺がして欲しいのはそういうことでもなくて、そもそもとしてキャンペーンの時間を有効活用したくて頼んだけども、それが実行できなかったわけだよね?
自分がそうやって損したら許されるとか、そういう話じゃないからね」

と。


これだけならば、ただのゲームの話だし、それほど大層な話に聞こえないかもしれないが。




「なにか問題が起きた時に自分が損すればいいと思っている人」

というのは意外と多い。ということに関して着目してもらえればと思っている。


そういう人に共通する一つの思考が「とりあえず俺が損をしてこの場を収めよう」という思考だ。

別に犠牲になるのは勝手だし、その場を収めようとする意思は前向きで素晴らしいものだと思うんだが。

実際の所、それで何か事態が好転するなんてことはほとんどない。


自己満足のための損をする行為は、結局自分が損をするだけで終わる事が多い。

というのも、そもそもとして相手はその前段階の結果を求めてたのであって、埋め合わせを最初から求めていたわけではないからだ。


(ちなみにこういうときに埋め合わせを求める人もいるが、あんまり関わりたくない人だな。器が知れる)

なにか起きた時に自分が「損」すれば、自分の行動が許される。だなんて、そんな免罪符はそもそも存在していない。

「自分が損をすればいい」という思考は、普段の活動に対しても妥協の面を生み出すことが多い。

別に妥協がダメというつもりもさらさらないが、そもそも「ダメだった時」という事態を生み出さければ問題のない話だし、仮に生み出したとしても「損」をせずにどうやってここから「得」を生み出すのかを考える思考がうまれるだろう。

(ちなみに、結果的には「この責任を理解するためにしっかり受け取れ!」ってことで普通にバイト代は渡したらしい。元々友人関係だし、別にこれで関係が悪化したとかそういう話は一切なかった。)

損ばかりする優しい人が変わるために。

てなわけで、まとめに入っていくんだが。

「相手目線に立った優しさ」があるかどうか??

これがほんとうの意味で「優しい人」の特徴になるのだと俺自身は考えている。

その上で、「損ばかりする優しい人」が自分も得できるような優しさを得ていくためには下記の行動が重要になるだろう。

1,付き合う人を選んで関わっていく。

途中でも軽く話したが、ミスをした時に落とし前を求めてくるような人間というのも確かに存在している。

そういう人間は、相手の善意につけ込み、自分の利益のために人のことを散々に利用する。

基本的に性善説を信じて生きては生きたいというのは思うが、こういった人が実際にいるのは世の中の事実だ。そしてそういう人は容赦なく自分の利益のために人を利用して踏みにじる。

そういう人が正しいか悪いか?ってのは置いといてだが、そんな人に善意で行動をしていても、結局は利用されて自分が損ばかり被ってしまうことは俺が聞く限りでも事例は多い。

だから、そういった人だと自分が相手のことを判断した場合には、関係性を断つというのは最も有効な手段だろう。

もちろん、すべての人がそんなふうに善意を利用するような性格をしているわけではないが、自分が付き合う人を選ぶというのは「自分の優しさ」の価値を明確に発揮するためには非常に大切なファクターになる。

2,まずは自分の器を満たすことに注力しよう。

先程の自己犠牲の話に繋がるが、「自分自身の欲や、自分自身のやりたいことはしっかりと満たしていくこと」は重点に置いて活動しよう。

自己犠牲をすることは全て損だし、ダメ。というつもりは一切なく。

自分が損をすることがわかっていて、かつそれが未来の得になる算段がついているうえでの自己犠牲ならば、それは非常に素晴らしいことだと思っている。

ただ、「損ばかりしている」ということに悩む時点で、そういった自己犠牲をすることに疑問を感じているのだろう。

人に優しくなりたいというのならば、自分の器をまずは満たそう。

そのために付き合う人は選んだほうがいいし。

「自分が損を受け取って収める」という短絡的な思考ではなくて、「互いに得をするためにはどうしたらいいか?」という思考をもとに行動を決定していったほうがいい。

自分の得をしっかりと考えて置きながらも相手のためを思って行動できる。

そういう人が本当の意味で優しい人だし、損をしなくなる一歩なんじゃないかと。俺自身はそう思っているよ。



この記事を、君の人生の糧にしてくれることを期待する。



それじゃあ。




PS,本記事では「本当の優しさ」という面に触れさせてもらったが、実際の所は「損ばかり被る人」に関しても個人的には「優しい人」だと思っている。

ただ、伝えたかったこととしては「人のためになる優しさ」と「自分をただ追い込むだけの優しさ」は違うし、後者は前者に進化させたほうがより自他のためになる、「優しい人」になれるってことだ。

「利用するか」「利用されるか」みたいな二者択一論じゃなくて、せっかく優しさを持ち合わせているならば、その優しさを存分に活用して活躍していってもらいたいと思っている。


そのためにこの記事が参考になったとすれば、「優しいのが損」と言われ続けてきた一人としては、嬉しい限りだな。

あとは、実際のところ「優しい」のも自分を形成する特性。の一つにしか過ぎない。

世の中の人で「深い次元で自分の特性を理解して、強みを生かしている人」というのは実は少ない。

自分自身の本当の強み、そして、強みの活かし方は下記の情報空間で公開している。

強みを知るためのセッションなんかも定期的に行っている。入室したらステップでわかりやすく自分の強みを知れるようにしているから、是非活用していってくれ。

これから強みの話をしよう
強みを知ることは、自分の人生を大きく好転させるぞ。

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