「楽に生きる」為ではなく「楽に挑戦する」為に生きる。

楽に生きたい人たち

こんにちは。トニーです。

本日はお義母さんの葬式が終わり、今はいつものカフェに来てメールを打っております。いつもの場所でメールを打っていると、なんか日常に戻ってきたのだなぁーと実感しますね。


そして、昨日配信したメルマガを見直していたのですが
(タイに行く前の話をバーっと書いてメルマガメンバーには送ったのです。)

「何だこの支離滅裂な文章は・・・・w」

と1人コーヒーを吹き返しそうに成りました笑

昨日の文章も文章で味があっていいっちゃ良いんですけどね。とはいえ、流石に何が伝えたいのかわかりづらすぎていけないなぁと。これでは、学びにもなんにもならなさすぎる。


そんなわけで、今日は「自分が何のために生きるのか」が定まった。

っていう話を、出来る限り伝わるようにしようと思います。

僕は12月6日から12日までタイに行ってきたのですが、

やりたいことが見つからないのは、自分の可能性から目を反らしていただけだった。

ってことに僕自身、気付きが合ったんですよね。

それが一体どういうことなのか?に関して、お話をしていこうと思います。

「楽に生きる」為に生きる。のではなく「楽に挑戦する」為に生きろ。

昨日のメールでも書いたんですけども。

実は僕、タイに行くまでは、すんごい自分の中での停滞期だったと言うか人生においてのモチベーションが消えかけていたんですよ。

モチベーションが消えかけていたっていっても死のうと思ってたとかそんなヘビーなやつじゃないですよ??

独立して1年間ほどが経ち、最初は全く稼げなくてこのままだと死んでしまう!!という状況になり、色々ともがいてきましたが、先月は独立してからの最高月収を更新して、なんとかその危機を脱することが出来てしまった。

で、今までは生きるために家族を養うために必死だったんですが、なんだかんだで1,2ヶ月は生きれるだけのお金が手に入った時に

正直、ここからどうしていこうかが全く浮かばなかったんですよね。

「別に現状維持ならば 何もせずとも出来るし、何かをしてまで頑張る理由がないじゃん。」となってしまって。

変な話ですが、僕は自分が追い込まれないと頑張れない人間である。ってことを僕自身が強く理解しているんですよ。

つまるところ、追い込まれてたら絶対に頑張るしどうにかする人間だ。っていう自信があるんです。

ってなったらですよ?

正直、僕という人間は放置をしていれば勝手に追い込まれることになって勝手に頑張って勝手に生きることができるんです。

ちょっと稼いだら油断して〜、
だらだらして〜・・・
それでまたお金が無くなってそれだと生きれなくなるから
きっとまた頑張って〜

で、ちょっとまた稼いだら油断して〜・・・

の無限ループ。

通常、ビジネスはじめたばかりの人からすれば「そもそも稼げないからそれだけでも凄いことじゃん!」となるかもしれないんですし、贅沢な悩みだと反感を買うかも知れませんが、僕自身としては納得がいかなかったんですよ。

だって、追い詰められて、また日銭を稼いで、追い詰められて、また日銭を稼いで

とりあえず、家族を守って、最低限の生活をして生きていく。

別に悪い生活をしてるわけでもないし、家族が居て、友達も居て、Twitterとかも積み重なって、色々と良くなっていく感覚はありましたが

こんな感じで流されて生きてて良いのかよ??

っていう小さな声が自分の中にずーっとありました。

でもやっぱり、人って弱い生き物でして、いま現状の環境に関して、納得をしようと試みるんですよね。

なんだかんだで生きれてるんだからいいじゃないか。
家族も居て、子供も居て、めっちゃ幸せじゃないか。
友達だって居て、良い関係じゃないか。
ビジネスも右肩上がりだから、今を耐えれば良くなっていくじゃないか。

周りから見たら普通に恵まれているし何を不満に思うことが有るんだ。

【全然、今のままでいいじゃないか】

と。

しかし、、、

しかしですよ。

それでも僕の中での

こんな感じで流されて生きてて良いのかよ??

っていう声が、消えなかったんだと思います。


正直に、めちゃくちゃ迷ってたんですよ。

確かにこのままでも生きれることはわかった。(甘いかも知れないけど)

だけどもこの先に何に向かえば良いのかがわからなかった。

お金を稼ぎたいって気持ちはあるが、正直にそこまで稼ぎたいっていう欲はない。(蓋をしてただけだったけど)

別に目の前の人が幸せならばそれでいいし、今も相手は幸せではありそうだ。(全然相手のことを見えてなかったけど)

大きな事業を立ち上げたいっていう目標もない。

何かを成し遂げたいっていう夢もない。

ただ、自分の経験が誰かの為になって、れが巡って社会の為になり、自分の為となって帰ってくる。

その循環さえ大きくなればいい。

だけども抽象的すぎて、そのために何が出来るのかすらわからなくなりかけていた。

とりあえず価値を提供していく状態は作り出していくために

Twitterだけは続けて、No2に関しての電子書籍も書いたしYoutubeも始めることにした。

ジムに行ってひたすらに体を追い込んだりした。

サウナと水風呂に交互に入って頭をクリアにしようとした。

鼻うがいして、邪気を鼻腔から取り除いて考え方をクリアにしようとした。

新潟に行って旧知の知り合いにも会ってきた。

久しぶりに整体に行って体を整えた。

とりあえず読み漁れる本を大量に買って読み漁ってみた。

それでも・・・・

それでもなんかずーっとモヤモヤしてたんです。

結局俺はなにをしたいんだろうなぁ。って。


タイに行く前に数年ぶりのバトルがあった

タイ行きの話が出たのってそんな時だったんですよね。

もちろん、タイに行く事自体も、物凄い悩んだし

奥さんと久しぶりのバトルもありました。

まずそもそも、タイに行くっていう話が出たのが11月24日。

行く日程はすでに決まっていて12月6日ということ。

すでに話が出た段階で2週間を切っていたんですよ。


自分としても即答で「行きたいです!」とか言ったものの

正直、行けるかどうかはまだ宙ぶらりんです。

そんで、12月1日にまたK丸さん(知り合いの経営者)に会う機会があって

「12月6日から行きましょう!」と誘っていただき、僕もそこで決意を固めて完全にタイ行きが確定。

その日の夜にタイに行くことを奥さんに言ったら、初めてキレられましたよ。

奥さん「もうさ、正直メンタル厳しいから
あかちゃんの世話、ミルクとかおむつとか全部やって。
掃除も部屋に全部掃除機かけてやっといて。」

あんな口調で、あんな強い命令口調でなにかを言われたのって付き合って9年間で初めてだったんで

「お、おう、了解した」

としか言えなかったですよね。

マジか、めっちゃキレられたー!!!w

と後から面白くなりましたが笑

ただ、その後もすげー大変だったんですよ。

奥さんからしたら子育てが大変で。
それにお母さん(僕のお義母さん)の容態がどんどん悪くなってて正直どうしていいかもわからないと。(元々癌治療してて、数値が悪くなって10月25日に入院してたんですが、日を追うごとに体調が悪くなってました。)

奥さんのお兄さん(僕のお義兄さん)も奥さんから見て頼りになるタイプではないらしく。

誰を頼りにしていいかわからない。

そんな状況で夫が急に「タイに旅行に行ってくる」とかいうわけですからね。

まぁ、逆の立場だったらそりゃ怒るし、ブチ切れるし、ふざけんなっていうよなぁと思います笑

今思ってもあの伝え方はないなー。と感じる次第ですよ。流石に僕が未熟すぎた。

それで、次の日に奥さんが泣いて訴えてくる訳ですよ。

「正直に気持ちを伝えると、行ってほしくない。
自由に動いてもらって活動してもらったほうがいいのはわかってるけど
行ってほしくはない。それでいいの??」

って。

あぁ、また泣かせてしまったなぁって。

だけど・・・。

なんで俺は涙が出ないんだろう?って。

今まですげー大切にしてたはずで

かけがえのない存在だったはずで

そんな人が目の前で自分のせいで泣いているのに

なんで、自分は強く駄目だと思えないのだろう?って。

え、俺がおかしくなってるんじゃないかこれ?

目の前の大切な人が泣いてるのに、自責の念とかそういうのがこみ上げない俺はおかしいだろ??って。


おかしい!!と思って、初めて全力で壁に頭を叩きつけました。

とにかく全力で考えるために。何がおかしいのか?何が最適解なのかを導き出すために。

頭を壁に打ち付けて、痛みで脳みそを回すために。

そんで、一度全部話したんですよね。

今正直すげー人生に迷っているってこと。
このままでは駄目だと感じていること。
そのためにタイに行きたいってこと。
なにか変化を起こさないと駄目だってこと。

全部話したんですが、結局その日は完全には納得してもらうことは出来ずに互いに疲れて、眠ってしまいました。

心からの本音がようやく飛び出た瞬間に。

で、次の日ですよ。12月3日。タイに行く3日前。

この日は朝からなんかぎくしゃくした空気感が家の中では漂ってました。

まぁ結局納得してもらえなかったから当然です。

僕も流石にタイに行くまでは時間を作って側にいてあげようと思っていたので

いつも行くカフェにも行かず、家でYoutube動画を撮って、基本的には家で作業をするようにしてました。

そうやって作業はしつつ、子供の世話もして気づいたら夜になって・・・・。

子供を寝かしつけた後に。

奥さんの傍に行ってとりあえず

「ごめん」

って言ったんですよ。

なんていったらいいかわからなくて。
とりあえず謝ったほうがいいのかな?と思って。

そしたら返ってきた言葉が

「K丸さんにも言ったほうが良いんじゃないの?
奥さんのお義母さんが意識も無くなって
死にそうになっている状態だけどもタイに行くって」

だったんですよね。


・・・・・

めっちゃ怒ってるのを感じたのもそうですが、まぁ・・・なんて返したら良いかわからなかったですねー・・・。


今思うと初手の伝え方とか普段の接し方とか諸々がミスっていた。

というだけで済む話なんですが。

その後沈黙していたら、奥さんに電話がかかってきて、僕はなんか家にいたくなくてカラオケに向かったんですよ。

そこでバイクで走っている時ですよね。

僕の本音が出てきたのは。

確かに、確かに奥さんからしたらすごい大変な状況なのはわかる。

お義母さんが死にそうになっていてお義兄さんが頼りに出来なくて、心細いのもわかる。

子供の世話も沢山してもらっているから大変なのもわかる。

だけども・・・・

だけども、俺がやろうとしていることはただの遊びでタイに行くことじゃなくて

絶対的になにかを掴み取るためにタイに行くのであって、むしろ俺が稼ごうとしている行動をなんで邪魔されなきゃなんねーんだ??と。

だって俺が稼ぐことは結果的に家族の幸せに繋がるわけで。

むしろいま奥さんは仕事せずに子供の面倒をみてるから
普通に働いている人よりも楽なはずで。

そもそも結婚したとはいえお義兄さんもお義母さんも
全然俺は話したこともなくて、コミュニケーション力も低くて、正直な感情からすると感謝はしたいと思うがまだ特に大切な人ではなくて。

奥さんの危機ならまだしも、なんで俺が奥さんや子供の為にもなる行動を、奥さんでもねーそこまで大切な人でもない人に邪魔されなきゃなんねーんだ!?

って、そこでようやく本音が出てきたんですよね。

そこからでした。本音をしっかりと伝えられたのは。

とりあえずそのままカラオケに行って、歌を数曲歌って気持ちを発散して。

K丸さんにも話をして、客観的な意見をもらって。
(旅行っていうのじゃなくて、仕事だぞっていうのをちゃんと伝えたほうがいいですよ。実際にそうなんですから。というアドバイスをくれました。)

カラオケから帰ってきて、自分の思いをぶつけたんです。

「正直、奥さんのことは超大切だし、守りたい。
そんで奥さんのお義母さんの状況が大変ってのもわかるだけども
俺にとっては感情的には素直に他人。

他人に家族の為に取る行動を邪魔されるのは理解が出来ない」

と。

「旅行って言う風に伝えてしまったけども
タイに行くのは正直に仕事。

一年前、K丸さんと韓国に行ったから独立をしたこともあるし。
今K丸さんと仕事をしてて、多少なり稼げたのは
間違いなくK丸さんのおかげでもある。

これからも一緒に仕事するわけだから
一緒に旅行に行って互いの価値観や考え方を共有する
のもめちゃくちゃ大切なことになる。

だから、急だけども仕事だし、俺はタイに行きたい」

と。

で、そういうことを伝えたらですね。

理解はしてくれました。

「仕事ってことならばそういってもらいたい。
前回話した感じだと本当に旅行に行く。って感じだったじゃん」

って形で。

本当にコレに関しては僕の未熟度合いが招いた結果で、ちゃんと仕事だという事実を明確に伝えなかったから結果的に奥さんに無用な心の傷を付けてしまったので本当に反省しましたし、心から謝りました。

善意に甘えて心を抜くことは、自他の為には成りえない。

今思うと、僕は奥さんとか身近な人に甘えちゃってたんですよね。

「この人ならば自分のことをわかってくれるだろう」

って。

なんでもこの人ならば自分のことを理解してくれる。

いつの間にか僕は身近な人の優しさにかまけて心を配ることを忘れていたんです。

その結果がこういう時に現れたのだろうなと。

今思うと、僕が考えてた事は少し間違っていたと思うんです。

というのも、僕は常に

「自分が楽に生きるために頑張ること」を念頭に置いていた。

別に楽に生きることそれ自体を目的とするのは、何も問題はないと思うのですが

楽に生きる為だからこそ、常に心を配って、身近な人ほど大切にして生きる必要がある。

ってことから目を逸らして生きていたんですよ。

わかっていなかったってよりも、目を逸らして見ないようにしていたってのが正しいと思います。

身近になれば、距離感が近くなれば、自分のことを理解してもらえれば何をしても許してもらえるようになる。共感してもらえるようになる。

そういうゴールを夢見て生きていたんですが、反面、間違っていることもなんとなくわかっていたんです。

結局それって、搾取の為に生きているから。

与えるのは搾取のため。

相手のことを考えるのは搾取のため。

そんな考えが根本にある中で、与えて貰ってを繰り返している事はなんか違うとはずーっと感じてはいたんです。

信頼残高って言葉がありますが

僕は今までの人生単位で、「ずーっと信頼残高をある程度貯めてそれを使い切って行動している」っていうことを繰り返している実感がありました。

ただ、それじゃあ駄目だってことはずっと考えていたんです。

だけども、正直にどうすればいいのかがわからなかった。

客観的に見ていても、上手くいく人って、信頼残高をどんな行動をしていても常に貯め続けていくような人なんですよ。

言ってしまえば、情報を発信して人と話して気づきを与えた時には信頼残高は当然上がりますが。

自分で商品を作って販売した際にも買ってもらったのにも関わらず信頼残高が増えていくような人です。

何をしても信頼残高が増え続ける人はどんな人なのか?

それってどうすれば出来るのか??

ずーーっとわからなくてもがいてたんですが

今だったら何となく分かるんです。

それは

目の前の一つ一つのことを本当に大切にして
身近な人ほど「心を配って」接して行くことなんだろうなと。


本当に、本当に当たり前のことですよね。だけどもこれを僕はやれてるようで全然出来てなかったのだなと思ったんです。正確には、足りていなかった。

例えば今回の例で言うならば

僕が普段から

「今K丸さんと仕事をしていて、本当にK丸さんには感謝していること。
現状めちゃくちゃに悩んでいて、何かしらの変化が必要だと思ってること。」

を共有していたり

「別に僕からは何も言わないけども
普通に考えたら、働かずに子育てだけに集中できてる事。」

「今は歩き回ったりしないから
むしろ子育てとしては全然楽な時期である事」

を教えていたり

「一緒に居てくれて、心から感謝をしている事」
「だけども、互いに成長をしていかないと未来は絶対的に良くならない事」

を伝えていたりとかしていたうえで

「お義母さんが大変な状況なのは理解した上だけど
今が本当に分岐点だと思っていて、K丸さんとの思考の共有も必要だと心から思っているから、仕事でタイに行ってきていい?」

と聞いていたならば

きっと「うん、こっちは大丈夫だよ、行ってきて」

と言ってくれたと思うんです。

僕の奥さんは本当にめっちゃ考えてくれてるし、良い人であることは間違いないから。

そういう前提条件があれば、仮に急に

「タイに旅行に行ってくる」と言ったとしても

「え、どうして?なんか大切なことがあるの?」

と聞いてくれたと思うんですよね。

今回の件は、僕がそういう前提条件を整えること。

普段から心を配りきれた行動を積み重ねていなかったから、奥さんも僕のことが信頼したいけどしきれなくて

「この人は私のことを本当に考えてくれてないんじゃ?
自分の感情を優先したい人なんじゃないか?」

と不安にさせてしまったんだなと。

だから、コレに関しては本当に申し訳ないですよね。

信じたいのに信じられないって本当に辛いことだと思うんですよ。

相手のことを好きでありたいのに、好きになれないってめちゃくちゃに悲しいことなんです。

それは僕も前職時代にトップに対して同じ思いを持っていたからこそ凄いわかる。

それと同じ思いを、大切である奥さんにさせてしまったことはべらぼうに反省してますし。

こんな事は二度としてはいけないと強く思いました。

今思っても、改めて常日頃から心を配ってすべての人、そして身近な人ほど接していかないとなと考えますね。

だからわかったんですよ。

俺の今までの「楽に生きる」っていうゴールはきっと間違っていたんだな。と。

だって、こんな思いをして、こんな人を傷つけて進むことが「楽」なわけないじゃないですか。

そんなんだったら普段から心を配って常に応援される状態になって行動したほうが。

絶対的に「楽」だし、「楽しい」に決まっている。

だから、ゴールというか今までで設定してた道を

「楽に生きる」為に生きる。

のではなく

「楽に挑戦する」為に生きる。

に変えることにしたんです。

自分はどうせこれからもなにかに挑戦すると思いますが

その度にこんなしんどい思いをしたり誰かを傷つけて挑戦することなんてまっぴらごめんですからね。

今回、僕は正直な所、自分が生きる理由を【楽に生きる為】にしていたから

ミスってしまった部分があるのかなと思ってます。「楽に生きる」を目的にしてたら、日常の行動に手を抜くに決まってますよ。だってそっちのほうが一応楽では有るのだから。

目的設定ってめちゃくちゃ大事です。

僕は目的設定を

「楽に生きる」為に生きる。

のではなく

「楽に挑戦する」為に生きる。

に変えることにしましたが、

その設定を正しくするだけで、自分のやるべきことも定まり、日常の生活にも張りが出て、いざなにかに挑戦する際のハードルが低くなるかも知れません。

まだこの目的設定が正しいか?その答えは出ていないですが、僕はひとまずこの為に生きようと思ってます。

【あなた自身は何の為に生きていきますか?】

よかったら、目的設定を一度考えてみてください。


僕の経験が、あなたの人生を良くするきっかけになったならば、それほどうれしいこともありませんので。


PS、今回は結構ガチでメルマガを書きましたが(先にメルマガで流してます。)

なんとこれでもタイに行く前までの話という・・・・w

実は、タイに行った後ももう何悶着もありました。

っていうのも、タイに行って(コレまた詳しく語りますが)壮絶すぎる事件が起きて

その事件が解消した、翌日にお義母さんが亡くなったんですよね。

結果的に僕はその日に帰る飛行機を取りながらもタイに残ったんですが、そこでも葛藤と戦いと気付きが沢山ありました。

またその話も、近いうちにしていきますね。


PPS、途中で書き忘れてしまったのですが、タイに行く前に、お義母さんのお見舞いには言って

「奥さんは絶対に幸せにします。
奥さんを産んで、育ててくれてありがとう」

とは伝えることが出来ました。

「うー」としか返答出来ない状態でしたが、言葉は届けられたと思ってます。

そんでタイから戻ってきた12日の内に、仏となった顔を見てメッセージも伝えて、本日、葬式を終えていまカフェに来ている。という状態です。

本当に色んな事がありましたが

その分、糧にして、俺は自分自身は当然として家族も周りにいる人達も、全力で全て幸せにしてやろうと思ってます。






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